柿食えば 屁をしても一人

電気系の学生のブログ。何を書くかも決めていない

初等教育にプログラミングを入れるということ-2

前回のまとめ

  • 筆者は、初等教育にプログラミングという教科を含めるのに反対。
  • 現在の小学教諭が、小学生にプログラミングを教えるのは不可能。
  • 小学生にプログラミングを教えるのは意義のある事だ(ろう)。

記事を書きながら考えをまとめているせいで、どうしても支離滅裂な文章になってしまう。

先に結論をまとめることにしよう。

  • 教師には、できる限り上流のプログラマを採用する。
  • パソコンを使う授業と、情報の授業と、プログラミングする授業は分ける。
  • 浮動小数点型と整数型の書き方の違いなどの細かいことには触れない。
  • ”あるケースに対する解決法”としてのプログラミングを行う。

”あるケースに対する解決法”としてのプログラミングを行う。

 よく、勘違いされる方が多いのだが、プログラミングは手段であり、目的ではない。英語学習と同じである。世界中の人間が日本語を使っていたのならば、我々は英語を学ぶことはない。英語を使うことで、世界中の人と会話ができるようになるから、英語を使うだけなのだ。

 プログラミングも同じである。人間がやるよりも、コンピュータにやらせたほうが合理的だから、コンピュータにプログラミングして、コンピュータにその仕事をやらせるのだ。10桁+10桁の足し算はコンピュータに解かせる意味がちゃんとあるが、1+1をコンピュータに解かせる必要は全くない。それは、紙でやりましょう。

 初等教育におけるプログラミング学習は、特に目的意識が重要だと思う。

だから、クイックソートができるようになることよりも、論理回路の授業で誰しもがする自動販売機の状態遷移図が書けて、それを何行かかってもよいからコードに起こせる技能を身に付けさせるべきだ。

教師には、できる限り上流のプログラマを雇うこと

 再三主張しているが、プログラミングは、”手段”であり”目的”ではない。特に諸島境域では、100×100マスの計算を手でやるのがめんどくさいからプログラミングをするのであって、プログラミングを出来るように成るためにプログラミングをするわけではない。だから、コーディングが上手な方よりもアプリケーションの設計が出来る方を教師に選ぶべきである。少々、冗長なコードでも構わない。高速で、きれいなコードが書きたかったら、大きくなってから専門学校に通えばよい。

パソコンを使う授業と、情報の授業と、プログラミングする授業は分ける。

 従来の小学校教育(私が受けた教育)は、パソコンの授業と、情報の授業と、プログラミングの授業が同じだった(そもそも、プログラミングの授業はなかった)。どうしてもどれもコンピュータを使用するから、そういう考えになりがちなのかもしれないが、本来これはすべて異なる領域の授業であるはずだ。

 パソコンを使う授業というのは、Webを利用した調べ学習や、ペイントソフトを利用した図画工作、DTMを利用した作曲などがある。これは、従来の”置き換え”による教育の領域になる。ものを使って作っていたものをパソコン内で仮想化しただけである。こういう時間を増やしたからと言って、プログラミング教育の時間を増やしたことにはならない。

 情報の授業(初等教育における)というのは、情報リテラシの授業を指すと考えている。自分の個人情報をさらさないとか、人の個人情報をさらさないとか肖像権を守るとか、爆破予告をしないだとかである。これもインターネットや、パソコン、スマフォを介して行われているトラブルのため、現場ではプログラミングの内容に含まれそうだが、情報リテラシを教えることもプログラミング教育には含まれない。

 

余談:道徳の授業で情報リテラシをやっているみたいです。それでも小学生中学生のネットトラブルってよく話題になるような…

mediaw.cocolog-nifty.com

浮動小数点型と整数型の書き方の違いなどの細かいことには触れない。

 もはや語る必要もないだろう。浮動小数点と整数型の違いなど小学生には関係のない話だ。整数だけの時はint型を割り算とか小数を使うときは、float型を使いましょう。と一言言えばそれでいいと思う。なんで?と疑問に思った子供に指数部と仮数部があってだな~…と教えてあげればよい。

 

明日続きを書く(明日書くとは言っていない)になってしまって、申し訳ないです。文字に吐き出してみて、まだ思い至らない点があるということに気付いたので、またなんか新しいことを考えたら書きます。

最後まで読んでくれてありがとうございます。